医療現場にこそ
メンタルヘルスケアが不可欠
ひつじクリニック 院長 田中 和秀
医療従事者の多くが、過重労働とストレスにより、身体はもとより精神的にも疲弊している。こうした状況は医療事故を誘発するだけでなく、優秀な人材を確保する上でも障害になる。しかし、医療現場ではこれまで働く人の精神面にあまり関心が持たれてこなかった。そうしたなか、精神科医として患者の治療にあたる一方、企業のメンタルヘルスケアの支援にも力を入れる「ひつじクリニック」院長の田中和秀氏は、医療現場にメンタルヘルスケアを導入することで、医院全体の活性化につながると訴える。 |
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大変なストレスにさらされる
病医院スタッフ
――田中院長は多くの企業でメンタルヘルスケアの取り組みを支援するなど、職場におけるメンタルヘルスケアの問題解決に積極的に取り組んでおられますが、医療現場の現状についてはどのように見ておられますか。
田中 当院は心療内科、精神科、神経科の専門クリニックですが、企業や医療機関のメンタルヘルスケアのコンサルティングも手がけており、私と副院長、事務長の3人で年間100回以上の講演などを行っています。企業は従業員のメンタルヘルスケアにとても高い関心を持っています。しかし残念ながら、医療業界は他産業に比べメンタルヘルスケアに関しては非常に遅れているのが実状です。
私は医療現場にこそメンタルヘルスケアが必要だと考えています。というのも、医師も看護師も医療業界に携わる人たちは重労働を強いられ、たいへんなストレスにさらされているからです。仕事量は年々増えており、時間外勤務も多く、夜勤など時間も非常に変則的です。命と直接かかわるような緊張感、患者さんや家族とのかかわりなどストレス要因がたくさんあります。
それでも、医療従事者は専門職として使命感とやる気を持っていますから、「自分が休んではいけない」とがんばります。上司や経営者もそんな医師や看護師に対し、「患者さんのためだから徹夜するのは当然」というようなことを言うわけです。そうしたなかで、疲れても誰にもケアをしてもらえず燃え尽きてしまう人が少なくありません。健康を崩したり、体力が弱った人がポロリポロリと辞めていくのです。
経営者はそういう使命感ややる気のある人たちにいかに長く働いてもらうかを考えなければいけません。そこで報酬面はもちろんですが、意欲をどう高めるのかなどの心のケア、メンタルヘルスケアが非常に重要になります。
――医療業界でメンタルヘルスケアの取り組みが遅れている理由は何ですか。
田中 原因の1つは、医者も看護師も情報や手技が標準化されていないことにあります。標準化しにくく、個人の技能に任されている面が大きい。それは医者も看護師も非常にテクニカルスキルが要るからです。そういうなかで高い技術を持つ人が管理職になっていく。管理職は部下1人ひとりのテクニカルスキルを高めるのと同時に、メンタルヘルスケアをすることがとても大事になりますが、それができていません。
たとえば、20代女性の看護師がいたとします。夜勤なども平気で、バリバリ働きたいと考えている。お金を貯めて新車を買いたいと思い、やる気も十分です。こういった表面的なことがわかっていたとしても、半面で実は生理痛が重くて勤務が辛い時期があるとか、もっと専門的な看護を学びたいと思っていたり、プライベートでは恋人とケンカをしていて仕事に集中できないというような問題があるかもしれない。人はいろいろな思いを抱えながら仕事をしているものです。しかし、管理職の方は非常に忙しいので、部下のメンタルヘルスケアまで配慮することはなかなか難しいのです。
――医療業界特有の問題があるわけですね。
田中 そうです。それに加えて、管理職には本来マネジメント能力が求められますが、医療機関の場合そのマネジメントを教育されずに管理職になるという問題もあります。一般企業で行われているような管理者研修などがあまり行われていない。ですから医療経営者は、人を育てることが大事であるということを管理職に教えていかなければいけないと思います。ただし難しいのは、医者が経営者になるケースが多いため、よい医療を提供してさえいればいい、そういう考えになりやすいことです。
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看護分野を中心に
医療業界でも少しずつ関心
――メンタルヘルスという言葉は一般にもかなり浸透していますが、そもそもどういったものなのでしょうか。定義などはあるのでしょうか。
田中 メンタルヘルスの定義については非常に曖昧です。なぜかというとメンタルヘルスという言葉自体が医学用語ではないからです。各現場でいろいろな使い方をされています。私は病気とは別に分類し、人の心の動きや、やる気をどのように守るのかというような捉え方がよいのではないかと考えています。
――看護学校などでも講演などをされていますが、医療業界でも少しずつ関心が高まってきているのですか。
田中 医療業界でも最近ようやく関心を持ち始めたところという感じです。
最初に気づかれたのは看護学校です。学校は学生を送り出すので、卒業生がすぐに離職してしまうと教育の質を問われることになるからです。ですから看護学校はメンタルヘルスケアを大きな問題だと考えています。それと日本看護協会でも看護師の定着率が悪いことや、それによって病院の機能がうまく回らない点などを問題視しており、メンタルヘルスケアについて真剣に考え始めています。
――実際に医療現場にメンタルヘルスケアを導入する場合に、どのような取り組みをすればよいのでしょうか。
田中 クリニックの場合は組織も小さく管理職も少ないので、院長先生が先頭に立ってマネジメントについて学ばれると、うまくいくのではないでしょうか。
病院では医師、看護師と部門に分けて、経営者がそれを統合する形がよいと思います。たとえば看護の管理者として気をつけなければいけないのは、部下がどういう状態にあるのかということに、常に気をつけることです。
第1に気配りをすることが大事です。たとえば、彼女(彼)はいつもとちょっと違うなとか変だなとか。
2つ目は声をかけること。そして、プライバシーが守れる状況で話を聞く。その話の中から解決策を導き出します。「気配り」「声かけ」「傾聴」「問題解決」という流れです。これはクリニックでも同じです。
――貴院では具体的にどのような取り組みをされていますか。
田中 いま申し上げたことを含め、さまざまな取り組みを行っています。まず前提として大事な点は、過重労働にならないように労働時間をきっちり守るようにしていることです。
それと使命感です。「患者さんのために」という使命感をスタッフと共有することが大事だと思います。これは医療全体で共通するものでしょうが、患者さんの QOL の向上に貢献する、患者さんの健康を第一に考える、地域に貢献するということをミッションとして掲げ、それをスタッフに徹底、浸透させるように努力しています。そのために、毎朝スタッフ全員で朝礼を行っています。今日来られる患者さんがどういう悩みを抱えておられるのか、または診察室で患者さんから喜ばれたちょっといい話などをスタッフに伝えて、チームみんなでがんばろうという気持ちにもっていくようにしています。特に事務スタッフなどコメディカルの方の医療に対する使命感やモチベーションをいかにアップさせるかを考えています。
――その他、どのようなことに取り組んでおられますか。
田中 細かい工夫はいろいろあるのですが、たとえば、スタッフが意見や提案などについて自由に話し、それを共有するための場として、月1回全体会議を開いています。また小さなことですが、副理事長(院長の母)の手づくり弁当を週2回、昼食として全スタッフでとっています。みんなで楽しく食べて親睦を図る狙いがあります。
事務長の存在も大きいです。スタッフ10人の規模のクリニックで事務長がいるのは珍しいと思いますが、必要な存在です。私と副院長は医療に集中したいので、スタッフのケアまで十分に手が回らない面があり、それをフォローしてくれるので、たいへん助かっています。
| 落ちついた雰囲気のある診察室では、患者さんだけでなくスタッフのメンタルヘルスにも取り組む。 |
スタッフの定着率向上など
多くのメリットが期待
――実際にどのような効果が現れていますか。
田中 当院は07年3月に開業し、現在2年弱になります。完全予約制をとっているのですが、新しい患者さんの予約は3か月先までいっぱいの状況です。これほど早く経営が軌道に乗ったというのは大きな効果の現れだと考えています。スタッフのおかげですし、たいへん嬉しく感じています。
それと患者さんの治癒率が高い点も大きな効果だと思います。スタッフの患者さんへの対応力が高く、たとえば「お元気ですか」「いかがですか」といった一言を患者さんにかけてくれ、その声かけが患者さんの状態をよくするのです。
いま多くの企業でうつ病になられる方が増えており、いったん休職して復職するまでに要する期間は全国平均でだいたい5〜6か月ですが、私たちの患者さんは平均2か月で復職されています。
――非常に大きな効果が出ているわけですね。メンタルヘルスケアに力を入れることで、スタッフにとっては働きやすく魅力ある職場になると考えられますか。
田中 期待できると思います。経営者がスタッフのメンタルヘルスケアをきちんとすること、1人ひとりを大切にすることでスタッフの働く意欲が湧き、職場全体の雰囲気がよくなり、定着率も上がると思います。
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――全国的に医療機関の人材不足が深刻化するなか、メンタルヘルスケアは、人材確保の上でも有用となりますね。
田中 多くの医療機関にとって、看護基準を満たすために看護師を確保することが重要視されています。これは経営に直結する問題です。看護師の意欲が下がると、医療事故が増えたり、トラブルが発生したり、患者さんからのクレームが起きたりしやすくなるわけです。それで1人辞め、2人辞めとなると、組織がガタガタになる。悪い噂が広がると、新しい看護師も入ってくれないという悪循環に陥ります。
昨今、「マグネットホスピタル」という言葉で表現されますが、患者さんはもちろんのこと、医師や看護師、コメディカルを磁石のように引きつける医療機関になるために、メンタルヘルスケアは非常に大事なポイントになると考えています。
メンタルヘルスケアを行うと個々人の意欲が高まり、スタッフの離職率が低下します。そうするとみんなの経験値が上昇し、仕事がうまく回るようになるわけです。そして、よい先輩のいる病院に就職を希望する看護師数が増加したり、患者さんへの対応力も上がります。そうすると患者満足度が上がり、集患力も向上する。スタッフのチーム力も上がり、医療の質が高まり、医療事故の低下につながる。
つまり、各医療機関がメンタルヘルスケアに力を入れることにより、病医院経営において、医療安全、リスクマネジメント、人材採用力などのさまざまな面がアップするなど、たくさんのメリットが生まれるのです。
相談しやすい気軽な雰囲気が
心の負担を軽減する
統括事務長 守田 浩
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私は事務長として事務職員や心理士の方たちと、院長や副院長との橋渡し的な仕事をしています。間に挟まれるような立場にあり、忙しい時などには健康や気持ちの面でも悪くなりがちですけれども、メンタルヘルスケアの専門家がすぐそばにいて、気軽に相談できるというのは非常に心強いです。
ストレスが生まれるのは、仕事の流れがどこか悪かったり、コミュニケーションがうまくとれていないことなどが背景にあると思います。そうした時にどう改善すればいいのか、またスタッフのモチベーションをいかに上げるかなどを相談しています。院長といえばたいていは壁を感じたりする面があると思いますが、私たちのクリニックは仕事以外に日常生活の他愛のない話などもしやすい気安い雰囲気があります。
一方で、事務長である私もスタッフが話しかけやすいように気を配るように努めています。世間話やプライベートな相談にものります。自分自身で答えが見つからないような問題がある時は、抱え込まないようにしてスタッフにも聞きます。上下関係なく、だれでも気軽に話し合えるような職場の環境づくりを心がけています。 |
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――今後、医療機関はスタッフのメンタルヘルスケアにどのように取り組むことが望ましいとお考えですか。
田中 医療業界全体がメンタルヘルスケアの問題に正面から取り組む必要があると考えています。それが結果として、医療の質を上げていくことにつながると思います。医療も産業の1つです。企業には産業医や産業保健師がいてケアをしているのと同じように、医療機関にもケアをする専門スタッフを置くことが理想的な姿だと考えています。現在は他の産業に比べると、まだまだその取り組みは遅れていますが、医療業界には優秀な人材が数多くいますから、方向が定まれば一気に変わるのではないでしょうか。
他の医療機関から相談していただければ、私たちは講演のほか、さまざまな教育プランなどを提供することができます。このようなシステムは日本ではほかにないと思います。
(平成20年12月15日/ライター 田之上 信、
取材協力:原田英行税理士事務所/
「TKC医業経営情報」2009年2月号より)
田中和秀(たなか・かずひで)
滋賀医科大学医学部卒業。日本医師会認定産業医、精神保健指定医、滋賀産業保健推進センター特別相談員、滋賀保健研究センター非常勤顧問、大津市教育委員会専門科校医、精神障害者通所授産施設「ゆとりあ」顧問医 ひつじクリニック
診療科目:心療内科・神経科
・精神科(不眠・不安・メンタルヘルス)
※完全予約制
〒525-0037 滋賀県草津市西大路町4 - 1YAO-Q ビル2F
TEL&FAX 077-565-2625 |
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